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2011年6月 6日 (月)

涙なくしては読めないコラムです

「変見自在」   高山正之         週刊新潮6月9日号より

(前略)

90年代半ば、ルワンダ内戦で難民が出ると外務省はその救済に
自衛隊員派遣を言いたてた。

難民キャンプにも武装ゲリラが出没する。エイズは流行る。危険千
万で、内戦に責任のある西欧諸国も尻込みしていた。

で、米国が安保理常任理事国入りを餌に日本に派遣を要請してきた。

(中略) 《官僚・新聞の自衛隊蔑視が酷いです》

自衛隊はそんな悪条件下でも任期を無事務め上げたうえ、武装ゲリ
ラに襲われた日本人医師の救出もやってのけた。

・・・・

・・・・報復は陰険だった。任務終了後、帰国には民間機を利用し、そ
の際は制服の着用は仰々しいので認めない。 各自私服で帰れと。

お前らは目立つことはないという意味だ。

誰もましな着替えなど持っていない。年の押し詰まった12月27日、
ロンドンから日航機に搭乗したとき周囲の乗客はひどい身なりの集団
にちょっと驚いた。

それが異郷の地で頑張り抜いた自衛隊員と知るのは機が公海上に
出てからの機長アナウンスでだった。

「このたびは任務を終え帰国される自衛隊員の皆さま、お国のために
誠に有難うございました。国民になり変わり機長より厚く御礼申し上げ
ます。当機は一路日本に向かっております。皆さま故国でよいお年を
迎えられますよう」

異形の集団を包むように客席から拍手が沸き、その輪がやがて機内
一杯に広がって行った。

機長は乗客リストを見て自衛隊員の帰国を知り「日本人として当然の
ことをしただけ」と語る。

成田に着いたあと65人の隊員はコックピットの見える通路に整列し
機長に向かって敬礼した。

(後略)

震災以後、 ”自分は手を汚さない人たち” が浮き彫りになりました。
自分を含めて自戒の気持ちをもち、行動している方々に尊敬の念を
抱きたいと思います。

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