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2019年3月11日 (月)

分かち合う

震災から八年、新聞もテレビもネットニュースも様々な
内容の記事を扱っています。

その中で、「人災であれ天災であれ、大規模な災害に
直面するたびに、生きることとは、つまるところ分かち
合うことだと感じる。」という言葉がありました。

災害時に限らず”生きることは分かち合うこと”

確かに私たちはあらゆる場面で、家族や友人、道で出会う
人々と分かち合う言葉を発しています。

「こんにちは」「暖かくなりましたね」「風邪が流行っている
からお互い気をつけましょうね」「ありがとう」
挨拶の言葉はすべて分かち合いの言葉です。

一緒に食事をする、そのことは正に食物を分かち合うこと。
元々は自分で収穫したり狩りをして手に入れたものを家族
で分け合うことが食事であったのですから・・・

家族、友人との会話を楽しむことも時を分かち合っています。

考えてみれば全てのことを分かち合わないと生きてゆけ
ません。

この歳になってみれば、分かち合いの言葉だけを発して
生きていくのもいいなとすら思えるのです。
今更何かを主張したり説き伏せたりして何になるでしょう。

3.11の日を迎えて思ったことです。

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